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いつでも、選んだり、オーダーしたりできる“江戸小紋”

江戸小紋の歴史

日本に〝粋〟という「美」を完成させた江戸小紋

HISTORY OF EDOKOMON


心に浸みる JAPAN BEAUTY の世界

 江戸時代に武士の社会でこよなく愛された江戸小紋。
国を守り家を守る殿方にも世界に誇れる美意識があればこそ、語りつがれる武士道に心惹かれるのかもしれません。

 江戸の中期には、粋な大人の女性がさらりと恋をする浮世絵の場面にも多く登場します。恋も仕事も人生も、気負わず焦らず無理をせず、少しばかりの意地と色気を失わないで「かわいい」女性でいたいものです。
 どこまでも精緻な柄と渋みのある奥深い色合いは、三百年の時を超えてもなお、JAPAN BEAUTYの奥義を教えつづけてくれています。
 さらりとした気品のあふれる江戸小紋の世界をお楽しみ下さい。

江戸小紋の歴史


 江戸小紋はもともと武士の礼装である裃(かみしも)から発達したものです。参勤交代で江戸に集まる各藩の武士たちが他所の藩との区別を象徴するため特定の柄を定めて各藩の「定め柄」としました。
 江戸初期には今のような細かい柄ばかりでなく大柄なものもありましたが、江戸幕府が細かい柄の小紋を武士の公服としたことなどにより、各藩が競い合ってより細かい柄を求めるようになり、近くに寄らなければわからないような微細な柄が生み出されました。武家では主人の裃だけでなく、ご婦人たちも菊や茶道具など気品のある小紋柄を身につけるようになりました。
 武家に発達した小紋は格式が高く一般庶民の着物の柄としては恐れ多いものでしたが、江戸時代の半ばごろ元禄文化の爛熟期になると、庶民感覚を盛り込んだ柄を染めた小紋が、町人の男性そして女性にも愛用されるようになりました。これは、当時のファッションリーダーであった歌舞伎役者などが好んで小紋柄を取り入れたことや武家屋敷の奉公人たちが主君家族から拝領して小紋柄を着ていたのが、しだいに庶民の間にひろまったものです。
 しかし、江戸時代には派手な着物を禁止した「奢侈(しゃし)禁止令」が断続的に発令されます。そのため、いかに細かい微細な柄を掘り出し染め上げるか、職人たちの繊細で緻密な技は、閉ざされた世界の中で無限の差異を求めて、限界への挑戦ともいえるほど高度で卓越したものとなりました。 
 細かく規則正しくびっしり配列され、一見無地に見える小紋柄を他の小紋と区別して、昭和29年から「江戸小紋」と呼ぶようになりました。
 多くの浮世絵にも見られるように、江戸小紋は、清々しい色っぽさと「宵越しの銭は持たない」心意気を感じさせる、まさに「江戸情緒」「江戸の粋」といえる光景を演出しています。江戸小紋は、江戸が都市として発展していく中で、独特の美意識の構築にも一役買っていたのです。

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