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いつでも、選んだり、オーダーしたりできる“江戸小紋”

伊勢型紙の挑戦


今日の伊勢型紙

 Challenge for the future



明治以降の伊勢型紙は


 江戸時代には大変な隆盛を極めた伊勢型紙でしたが、明治になり、廃藩置県によって紀州藩の保護は失われました。しかし、明治30年には白子町型紙紙業協同組合ができ、白子町立白子工業徒弟学校が開校して、後継者育成のための制度の整備が行われました。
 ところが、その後の日中戦争、太平洋戦争により業界は衰退の途をたどります。戦後は高景気により昭和40年代までは持ち直しますが、続くオイルショックにダメージを受け、その後は着物離れがどんどん進むにつれて業界は衰退の一途を辿っています。

 江戸中期には200人を超えた型彫り師は、現在では伝統工芸士9名を含む約50人だということです。
 そうした現状を危惧した国の文化財保護委員会により、昭和27年には重要無形文化財に指定され、昭和30年には6名が人間国宝に認定されました。その後昭和58年には経済産業省の伝統的工芸用具に指定されています。



型紙がなくなってしまうと江戸小紋はどうなるのでしょう?


 現在では伊勢型紙で型付けを行っている江戸小紋ばかりではなくなりました。近代化機械化の流れの中で、機械でプリントされた江戸小紋や、型紙を写真版にしたシルクスクリーン染めの江戸小紋などが増えてきています。機械プリントは比較的廉価で気軽に着まわすことができる利点があり、シルクスクリーン染めでは従来の江戸小紋に斬新な柄を染め上げたり自由な染色が可能という利点があります。
 そのため、江戸小紋がなくなることはありません。でも、残念ながら伊勢型紙の出番はますます少なくなりました。

 しかし、長い歴史を経て、魔法の指先が生み出した神業のような型紙を、見事な日本の美的センスと職人技で染め上げられてきた江戸小紋です。
 できれば、まずは一枚をと誂えるなら、そうした職人さんの手がかけられた一枚であって欲しいと願います。身にまとわれてはじめて、脈脈と続く伝統の手業が現代に生き続けるあかしとなるからです。

 ある女流作家が江戸小紋を手にして次のような文を書かれたことがあるそうです。
 「ある日私は、冬の静かな灯の下で、精巧無比といいたい鮫小紋を手に、ぼんやりとその神わざの布に魅入られていた。それらは、小さい型のもつふしぎな高貴さを表情として、見るままに静かな華やかさをはんなりとたたえている。いったい、こんなきものを不似合でなく身にまとうためにはどうしたらいいのであろうか」 。
  
 染一会では、伊勢型紙がなくならない限り、できるだけ長く、できればずっと、「伊勢型紙の手付け」による江戸小紋を一人でも多くの方にまとって頂きたいと思っております。


 


現在の伊勢白子では


 現在、彫り師さんのグループである「伊勢型紙技術保存会」では、後継者育成のための技術伝承事業などに取り組まれており、また卸商さんの組合である「伊勢形紙協同組合」では、現代の暮らしの中での伊勢形紙を研究し「形紙あかり」や「障子や襖」「美術形紙」の制作販売を手掛けるなど、なんとかしてこの高度な手彫りの技術の継承を図るべく様々な模索が続いています。

 伊勢型紙の産地、「伊勢形紙協同組合」さんのHPでも、型紙の詳細について紹介されています。


伊勢形紙 東京展 2008 

 2008年2月21日(木)から26日(火)まで、新宿のOZONEリビングセンターにて「伊勢型紙東京展2008」が開催されました。
 





 
 会場の様子は「染一会ブログにて」

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